ASTRUM

「王、王―!」
呼ぶ声はだんだん大きくなり、そのまま扉が勢いよく開けられる。
「何ですか、騒々しい。」
扉を大きく開けられた部屋の主は特に慌てた様子もなく、仕事をしていた手を止めると
今しがた飛び込んできた兵士にそう尋ねる。それに対し、兵士はやはりひどく慌てた様
子で口を開いた。
「王に、知らせを、緊急の…。」
大きく名前を呼びながら全速力で走ってきたからか、兵士の息は荒く言葉は途切れがち
だった。部屋の主は何も言わずに、兵士の文章になっていない言葉に耳を傾ける。話を
聞いているうちに、最初は無表情だった顔に、眉間の皺が少しできていた。
「それはまた、どういうことで―」
「我々にもよく、分からないのです。」
兵士も途方に暮れたような顔をして、言葉を返す。フム、と部屋の主はあごに手を当て
考える仕草を見せる。
「向こうがどうやらこちらに話してない事情があるようですね。使節団に直接話を聞いた
方が良さそうだ。」
彼らは今どこに、と尋ねようとしたところで、先ほど兵士によって開け放されたままの
扉がノックされた。部屋の主と兵士がそちらの方に顔を向けると、
「失礼、勝手に上がらせてもらっていますが?」
そこには、高慢そうな恰幅のいい男が数人の護衛とともに立っていた。部屋の主は男の
言い方には何の反応も示さず、ゆっくり立ち上がると深々とお辞儀しながらこう告げた。
「遠路はるばる、ご足労いただき誠に恐縮です。太陽の国特別使節団団長、エヂカ=ソレイン殿。」
部屋の主の丁寧な対応に満足したのか、エヂカという男は横柄な態度で部屋の主に言葉
を返す。
「どうやら先の王と違い、今度の王は礼儀というものをよく知っておられるようですな。
のう、月の王殿?」
月の王と呼ばれた部屋の主は、その言葉にゆっくりほほえんだ。
「お褒めにあずかり光栄です。」











「………いた!」
うってかわって、ここは月の国の城下町。石造りの壁の根元に這いつくばるように、声
の主はいた。短い漆黒の髪に、紅いつり目のその人物の名はエルネス=クレスタ、この
国で知らない人はいない有名人であった。そんな人間が何をやっているかというと―
「エル、つかまりそう?」
「俺を誰だと思ってる?まかせとけ。」
そばにいる少女に軽く返すと、エルネスは壁の根元の崩れた部分に体を通した。その先
には、金色の毛を持つモコモコとした小さな生き物がのんびりくつろいでいた。要する
にペットの回収を行っていたのだった。
「リット、こっちこーい。」
腹這いの状態で右手を伸ばし、ペットの名前を呼ぶ。リットは長い耳をピクッと動かす
と、エルネスの方を振り向き、そのままトコトコと近寄ってきた。
「よっしゃ、いい子だ。こいこい。」
これで仕事完了、とエルネスは思ったが、そううまくいくわけがなく―
ガブッ
おもいっきし、リットに出していた指を噛まれることとなった。
「いだ!!!………hふぁkdljjljkldjぁjl!?」
一度目の叫びは、たしかに指を噛まれたことへのリアクションだったが、二度目はそれ
に対して動いたせいで石造りの壁に後頭部を強打したためのものだった。ゴン、という
鈍い音とともにエルネスは頭を押さえて石造りの床を転げ回ることになった。
「エル!?だ…大丈夫?」
そばで様子を見ていた少女は、慌ててエルネスに駆け寄った。その騒ぎの間に、リット
は壁の向こうにあった手近な木にたった、とよじ登ってしまっていた。
「あ…リットが…。」
少女が少し悲しそうにそう言った。リットは彼女のペットなのだが、昨日の夜逃げ出し
てしまい、ずっと探していたのだった。エルネスに手伝ってもらいようやく見つけたのだが―
「リットぉ…」
「……。」
疲れが出てきたのか、少女は泣きそうな顔をした。そんな飼い主の気持ちが通じたのか
通じてないのか分からないが、リットは登った木から降りようとし始める。だが、
「!」
リットは後ろ足を滑らしてしまい、前足の爪を木の枝に引っかけた状態で宙ぶらりんと
なってしまった。リットのいるところは、かなり高いところで落ちれば大怪我する可能
性は十分にある。
「リット!!」
少女の顔色が真っ青になる。どうしよう、とさっきまで何とかこらえていた涙がぼろぼ
ろと出てきた。そんな少女に声がかかる。
「だから、まかせろって。」





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